#42 物語みたいな人生に憧れてしまう理由【自分探しログ】

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最近、自分の中でずっと引っかかっていることがあって、それが「冒険したい」って気持ちについてなんです。

前から、冒険に憧れているとは思っていました。

いろんな場所に行って、いろんなことを経験して、なんかこう「面白い人生を生きたい」みたいな感覚です。

でも最近、それって本当に「やりたい」気持ちなんだろうかって、少し分からなくなってきました。

正直に言うと、冒険した人生って、話として面白いなって思うんですよね。

物語として、というか。

始まりの村から一歩も出ない勇者って、やっぱり物語としては面白くないじゃないですか。

村を出て、外の世界に出て、何か起きて、変わっていくから、物語として成立するというか。

それと同じで、冒険している人生って「面白い人生」に見えるんですよね。

正直、貯金だけをコツコツ続けて、資産を築いた人生って、堅実だし、すごいとは思うんですけど、話としては、あんまり面白くないなとも思ってしまって。

考え方とか、思考のプロセスは面白いんですけど、エピソードとしては、すぐ終わっちゃうというか。

一方で、冒険に出かけていたら、たぶん、たくさん話せることができると思うんですよね。

面白い話とか、エピソードとか。

それでふと、思ったんです。

もしかして僕が「冒険したい」って言ってるのって、冒険そのものがしたいというより、「面白い人生を生きてる人」って思われたいだけなんじゃないかって。

周りから、「面白い人生だね」とか、「いろいろ経験しててすごいね」とか、そう言われたいだけなんじゃないかって。

承認欲求なのかもしれないなって。

そう考えると、ちょっと怖くなりました。

自分が憧れてた「冒険」って、本心なのか、自己物語なのか、自分でもよく分からなくなってきて。

ただ一方で、「自分の人生が面白くあってほしい」っていう気持ちは、たしかに自分の中にある気もするんです。

誰かに見せるためだけじゃなくて、自分自身が、「ちゃんと生きてる感じがする人生」というか。

でもその「面白さ」が、体験なのか、物語なのか、自己イメージなのか、承認なのか、それもよく分からないままで。

冒険したい気持ちがある一方で、めちゃくちゃ怖いんですよね。

お金を失うのも怖いし、収入がなくなるのも怖いし、将来が見えなくなるのも怖いし、何より「どうなるか分からない」っていう状態が怖い。

冒険に憧れながら、不確定なものを極端に避けてる自分もいて。

「面白い人生にしたい」と思いながら、「安全な人生」にしがみついている感じもある。

どっちも本音なんだと思うんです。

面白い人生にしたい気持ちも本音で、失うのが怖い気持ちも本音で。

どちらかが嘘、というより、両方あるだけなんだろうなって。

最近は、「冒険したい」って言葉の中身が、だんだん分からなくなってきました。

体験がしたいのか、物語が欲しいのか、自己像が欲しいのか、存在感が欲しいのか。

もしかしたら、冒険じゃなくて、「意味のある自分」でいたいだけなのかもしれないし、「何者かでありたい」だけなのかもしれないし、「面白い人生」という言葉に、いろんなものを詰め込みすぎているだけなのかもしれないなって。

答えは全然出てないんですけど、最近はそんなことをよく考えています。

冒険したい自分と、安全圏から出られない自分と、どっちが本当なのかというより、どっちも自分なんだろうな、という気もしていて。

このまま貯金を続ける人生も、冒険に出る人生も、たぶん、どっちも怖いんだと思います。

失うのも怖いし、何も起きないのも怖い。

だから今は、どっちが正しいか、というより、自分が何に憧れていて、何を怖がっていて、何を「面白い」と感じているのか、それを言葉にして眺めている段階なのかな、と思っています。

まだ全然整理はできていないし、答えも出てないんですけど、「冒険したい」という言葉の中に、思っていた以上に、いろんな感情と欲求が混ざっていることだけは、少し分かってきました。

この先どうするかも分からないし、どんな選択をするのかも分からないですけど、とりあえず今は、この違和感とか、揺れとかを、そのまま持って生きている感じです。

多分、まだ考え続けるんだろうなって思います。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

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この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

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