今日、ふと自分の思考の癖について考えていました。
僕は、答えを求めすぎているのかもしれないな、って。
正解がない状態が、どうも落ち着かないんですよね。
分からないこと、曖昧なこと、納得できないことに対して、妙に抵抗があって。
「なぜ?」って考え始めると止まらなくて、自分が納得できるまで考え続けてしまうんです。
答えが合っていても、「なんでそうなるのか」が分からないと気持ち悪くて。
理解できていない感じがして、落ち着かなくて。
それで、納得できないと、ちょっとイライラしたりして。
多分、答えが欲しいというより、「分かっている状態」でいたいんだと思います。
分からないまま放置されている感じが、怖いんですよね。
「これだ」って決まっていないと、不安になるというか。
昔から、数学は好きでした。
答えがあるから。
構造があって、論理があって、辿れば必ずたどり着ける感じがあって。
逆に、国語はずっと苦手でした。
曖昧で、正解が一つじゃなくて、人によって解釈が違って。
最近は、その「正解を求める癖」が、自分の気持ちとか、価値観とか、人生そのものにまで向いている気がします。
これって正しいのか、間違っているのか。
良いのか、悪いのか。
そういうことすら、答えを求めてしまっている感じです。
納得できる考えにたどり着くと、少し安心して、すっきりする感じもある。
だから思考すること自体は、嫌いじゃないんです。
むしろ、楽しい部分もある。
でも同時に、それが自分を縛っている気もします。
答えを出さないと落ち着かない。
目的地が分からないと不安になる。
自分の内面ですら、「理解できていない状態」を許せない。
人に対してもそうで、嘘をつかれるのがすごく嫌で、分からないままにされることが苦手で。
でも、現実ってそんなに単純じゃなくて。
分かりたいのに分かれない時間。
この「分からなさ」そのものが、不安になる。
「正解を知りたい」って思うんです。
本当に強く。
でも、もし「このボタンを押せば、あなたの未来が分かります」って言われたとしても、多分、押さない気もしていて。
なんでなんだろうなって思います。
こんなに正解を求めているのに、すべて決まってしまう未来は、どこかつまらなく感じてしまう気もして。
安心したいのか、探したいのか、どっちなんだろうなって。
正解が欲しい自分と、自分で探していたい自分が、多分、同時にいるんだと思います。
どっちかが嘘で、どっちかが本当、というより、どっちも本当なんだろうな、って。
今日はこれでおしまいです。
ではまた。
