今日は、自分の中にある「言葉」と「怖さ」について話してみようと思います。
僕は、たぶん傷つきたくないんだと思います。
ネガティブな言葉を向けられると、正直、結構落ち込みます。
強く見せているつもりでも、内側では普通に引きずってます。
でも、不思議なことに、その言葉を言った人を、真正面から否定したいかって言われると、そうでもなくて。
「その人にはその人の価値観がある」って、どうしても思ってしまうんですよね。
価値観は違って当たり前だし、その人の言葉の裏には、僕には分からない背景とか、不安とか、いろんなものがあるんだろうなって考えてしまう。
だから、否定もできないし、かといって、全部受け止めきることもできない。
その間にずっと立たされている感じで、結局、苦しいままなんですよね。
それで思うんです。
「じゃあ、最初から言わなきゃいいのに」って。
誰かを否定する言葉も、攻撃する言葉も、なかったらいいのにって。
すごく綺麗事かもしれないけど、言葉って、普通に凶器になるなって思うことがあって。
僕はそれが、怖いんです。
でも当然、人をコントロールすることなんてできないし、「言うな」なんて強制もできない。
止めることもできない。
それは分かってます。
だから多分、僕は、「言わない社会」を作りたいんじゃなくて、「気にしない自分」を作りたいんだと思います。
他人を気にしなければ、他人の言葉も刺さらない。
どうでもいい存在なら、否定されても、たぶんダメージは小さくなる。
でも、じゃあどうやって気にしなくなるのかって言われると、正直よく分からないんですよね。
それで今、唯一思いついているのが、「自分と向き合うこと」なんじゃないかっていう考えです。
他人を見るんじゃなくて、他人を比べるんじゃなくて、他人を評価するんじゃなくて、自分の人生に意識を向ける。
正解があるかも分からないし、見つかる保証もないし、正直、怖いんですけど。
でも、それ以外に方法が思いつかなかった、という方が正確かもしれません。
だから、僕はよく、「自分と向き合った方がいい」って考えるし、それを大事にしたいって思ってるんだと思います。
それって、立派な思想とかじゃなくて、たぶん防御なんですよね。
生きやすくなるための、自己防衛みたいなもの。
誰かを落として安心するより、誰かを否定して優越感に浸るより、自分の内側に目を向けていた方が、まだ安全な気がして。
でも、実際は、僕も普通に比べるし、妬むし、傷つくし、安心したりもするし、全然きれいな人間じゃないです。
理想と現実がずっとズレたままで、分かってるのに、できないことばっかりで。
それでも、誰かを否定する言葉が減ったらいいなって思うし、誰かを傷つける言葉が減ったらいいなって思うし、同時に、自分がそれに傷つかなくなる距離感も欲しいなって思っていて。
多分、僕はまだ、どうしたらいいか分かってないんですよね。
「気にしない」って簡単に言うけど、簡単じゃないし。
「自分と向き合う」って言葉も、よく分からないまま使ってる気もするし。
それでも、今のところ、僕の中にある答えっぽいものは、そこにしかなくて。
自分の人生に意識を向けること。
他人の言葉から、少し距離を取ること。
それくらいしか思いついてなくて。
それが正しいのかも分からないし、間違ってるかもしれないし、もしかしたら、全然違う道もあるのかもしれない。
でも今は、そこに向かおうとしている自分がいる、ということだけは確かです。
今日はこれでおしまいです。
ではまた。
