最近、恩についてよく考えています。
恩って、普通はいいものとして語られると思うんです。
誰かに助けてもらったり、何かしてもらったり。
それに対して感謝することって、たぶん人として大切なことなんだろうなとも思います。
でも正直に言うと、僕はこの「恩」というものが、あまり好きじゃないのかもしれません。
なぜかというと、恩って、どこかで「返さないといけないもの」みたいな感覚があるからです。
誰かに何かしてもらったら、「あ、返さなきゃ」って思う。
たぶん多くの人が、多少はそう思うんじゃないかなと思います。
もちろん、感謝すること自体は自然なことだと思うんですけど、僕の場合、それが少し重くなりすぎることがある気がして。
例えば、プレゼントとか。
もらった瞬間は嬉しいんです。
普通にありがたいなと思うし、嬉しい気持ちもあります。
でも、そのあとに、「何を返そう」って考え始めるんですよね。
しかも、同じくらいじゃなくて、できればそれ以上のものを返したいと思ってしまう。
相手が喜ぶかどうかとか、これで失礼じゃないかとか、変に思われないかとか。
そういうことを考え始めると、だんだん疲れてきてしまうんです。
結局、答えが出ないまま時間だけ過ぎていくこともあります。
だから僕は、自分から大きな恩を作ることも、あまり好きじゃありません。
誰かに何かしてあげること自体はいいと思うんですけど、その人が「返さなきゃ」って思ってしまうのが、なんとなく申し訳ないというか。
できれば、気づかれないくらいの形で、さりげなく助けるくらいがちょうどいいのかな、とか思ったりします。
感謝されるのは嬉しいんですけど、正直それ以上のものは求めていないというか。
むしろ、何か特別なお返しをされると、少し困ってしまうんですよね。
なんというか、そこに一つ「縛り」が生まれる感じがするみたいな。
恩があることで、自分の選択肢が少し狭くなるような感覚です。
例えば、親。
育ててもらった恩があるから、親が喜ぶような選択をしたほうがいいんじゃないかとか。
学生時代の恩師がいたら、その人ががっかりしないような生き方をしたほうがいいんじゃないかとか。
そういうことを、無意識に考えている気がします。
それは別に、相手が強制しているわけじゃないと思うんです。
たぶん、僕が勝手に感じている部分も大きい。
それでも、「裏切ることになるんじゃないか」みたいな感覚がどこかにあって。
実際、僕は数年後にワーホリに行きたいなと思っています。
でも、まだ職場には言える気がしません。
採用してくれたことに対して、恩を感じているからです。
こんな僕を雇ってくれたんだから、もっと長い期間働いたほうがいいんじゃないかとか、そういうことを考えています。
ただ、そこでふと思うんです。
恩って、いつ消えるんだろうって。
数十年働いたら、「もういいよ」って自分で思えるのか。
正直、それはよく分かりません。
もしかしたら、恩って一生消えないのかもしれない。
そう考えると、やっぱり少し怖いんですよね。
だって、一度受け取ったものが、ずっと自分を縛り続ける可能性があるから。
ただ同時に、恩って本来はすごくポジティブなものだとも思っています。
誰かが誰かを助けたり、支えたりすることって、本来はすごく温かいことのはずです。
だからこそ、それを簡単に手放すのも、どこか違う気がして。
このあたりの感覚が、自分でもうまく整理できていません。
僕はたぶん、恩そのものが嫌いというより、それによって「どう思われるんだろう」って考え続けることが、少し苦手なんだと思います。
返したことで喜んでもらえるのかとか、逆に失望されたらどうしようとか。
そういうことを想像し始めると、頭の中がずっと動き続けてしまうんです。
だから、大きな恩を受けると、それが少し重りみたいになってしまう。
でも、だからといって、恩を完全に無視して生きたいわけでもない気がしています。
むしろ僕は、誠実でありたいとは思っているんですよね。
ただ同時に、自分の人生もちゃんと選びたい。
この二つが、今はまだうまく重なっていない気がしています。
もし将来、ワーホリに行くことになったとして、そのとき僕は、少し罪悪感を感じるのかもしれません。
でも、それでも行きたいと思っている自分もいて。
もしかすると、人生ってそういうものなのかもしれないなとも思います。
恩もあるし、自由もある。
どちらかを完全に消すことはできなくて、その間を行ったり来たりしながら、少しずつ自分なりの距離感を探していく。
そんな気がしています。
今日はこれでおしまいです。
ではまた。
