#13「苦しんでいる自分」に価値を感じてしまう病【自分探しログ】

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最近、「自分が苦しみを正当化して生きているんじゃないか」って考えていました。

うまくいかないことが続いたときとか、何年も結果が出ていないときに、「この時間には意味がある」って思わないと、自分を保てなくなる瞬間があって。

苦しんでいるからこそ、今の自分には価値がある。

苦しんでいるという事実が、「僕がちゃんと生きている証拠」みたいになっている気がします。

正直に言うと、何も成果が出ていない自分を、そのまま認める勇気がないんだと思います。

だから、苦しみを価値に変換している。

宝くじが当たった人とか、一気に成功した人を見たときに、羨ましいと思う気持ちは確かにあるんですけど、同時に、どこかで否定したくなってしまう自分もいて。

「苦しんでないじゃないか」、「運が良かっただけじゃないか」って。

もし自分が同じ立場になったら、たぶん素直に喜ぶはずなのに、今の僕は、そういう人生をどこかで軽く見ないと、自分が惨めになってしまう。

それって、結構残酷だなと思います。

僕は今の苦しみを、

「これは後で意味になる」

「今は物語の途中なんだ」

って言い聞かせながら生きている。

そうしないと、ただ何も得られなかった時間になってしまうから。

でも、ふと考えるんです。

「もし苦しみが価値じゃなくなったら、僕は何を失うんだろう」って。

たぶん一番失うのは、「自分を肯定するための理由」なんだと思います。

苦しんでいる=挑戦している。

苦しんでいる=諦めていない。

苦しんでいる=価値がある。

この式が崩れたら、今の自分は何を根拠に立てばいいのか、分からなくなる。

それに、僕はどこかで

「苦しんだ人のほうが、人の痛みが分かる」

「苦しんだからこそ、寄り添える」

って信じているところもあって。

それも、本当なのか、自分を守るための物語なのか、正直まだ分かりません。

苦しみを乗り越えた人は認められる。

苦しまずに手に入れたものは、認められない。

そんな価値観を、いつからか自分の中に置いてしまっていた気がします。

だから僕は、苦しみを手放したくないのかもしれない。

苦しんでいる自分を、誰かに、そして自分自身に、見せ続けたいのかもしれません。

「まだ諦めてない」

「ちゃんともがいてる」

そう思える限り、自分を完全に否定せずにいられるから。

本当は、今すぐ楽になりたい気持ちもあります。

運が良かっただけの人生でもいいから、安心したいと思う瞬間もあります。

でもきっと、その状態になったらなったで、「僕はまた別の苦しみを探すんだろうな」とも思います。

苦しみがないと、自分が空っぽに感じてしまうから。

この考えが正しいのか、ただの逃げなのか、今はまだ分かりません。

ただ、僕は確実に、苦しみを正当化しながら生きている。

それだけは、今日ははっきり見えていました。

ここから先、どうなるのかは、まだ考え途中です。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

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この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

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