#14 人と違うことが「自分らしさ」だと思っていた【自分探しログ】

当ページのリンクには広告が含まれています。

最近、ずっと考えていることがあります。

「個性」って、なんなんだろうなって。

子どもの頃は、違うことが当たり前だった気がします。

みんなバラバラで、それが普通で、楽しかったです。

変なやつがいても、「それも一つのキャラ」という感じで。

でも、いつの間にか、違うことがリスクになる世界に変わっていった気がします。

浮かないようにする。

目立たないようにする。

同じようにする。

集団から外れないようにする。

気づいたら、無意識に周りに合わせるようになっていました。

で、ある時ふと思ったんです。

「僕は僕でいていいんじゃないか」って。

「みんな違ってみんないいんじゃないか」って。

それ自体は、たぶん悪い考えじゃなかったと思います。

でも、そこから少しずつズレていった気がするんですよね。

「ありのまま」でいるということが、「人と違う」という感じで、だんだん重なっていって。

気づいたら、

「人と違わないと自分じゃない」

「同じだったら、自分が死んでしまう」

みたいな感覚になっていました。

今思えば、ちょっと極端だったかもしれません。

でも、その時は本気だったんです。

集団に合わせることが、自分を消すことのように感じていました。

同じ道を歩くと、なぜか嫌悪感が湧いてきて、それが「正しさ」だと信じていた。

一人でいることが怖かったのに、一人でいる自分に酔っていく感じもあって。

「自分は強いんだ」

「群れない自分は特別なんだ」

そうやって自分に言い聞かせていました。

でも正直、それが強さなのか、防衛本能なのか、今でもよく分かりません。

集団の中にいる人たちを見て、「弱い」というラベルを貼って、自分を守っていただけなのかもしれません。

それでも、同じになることが、どうしても怖かったんです。

同じ選択をすること、同じ道を選ぶこと、同じ考えを持つこと。

それが全部、「自分を裏切ること」のように感じていました。

でも最近、少しずつ分からなくなってきています。

「違う」ということが、本当に「自分」なのか。

それとも、「違うということに、しがみついている」だけなのか。

もし誰もいない世界に一人でいたら、僕は「個性的」なんでしょうか。

誰とも比べられない場所で、僕はまだ「自分」でいられるんでしょうか。

「ありのまま」って、もしかしたら、「違うこと」ではないのかもしれない。

でも、じゃあ何なのかって聞かれると、 全然分からないんです。

同調するのも怖いし、孤独になるのも怖い。

強くなりたいわけでも、弱くなりたいわけでもなくて。

ただ、「自分じゃなくなる感じ」が、一番怖いんです。

でも、その「自分」って何なのかも、正直、はっきりしていません。

たぶん今も、どこかで「違う側」にいようとしています。

平均から外れたいとか、多数派が嫌だとか、そういう感覚も、まだ残っています。

それが信念なのか、ただの癖なのか、自分を守るためのものなのか、アイデンティティなのか。

もう区別もつきません。

ただ一つ分かるのは、「自分でいたい」という気持ちだけは、ずっとあるということです。

でも、その「自分」の形が、 まだ全然見えていない。

もしかしたら、これからも見えないままかもしれません。

今はただ、同じになりたくない自分と、同じでもいいかもしれない自分と、一人でいたい自分と、一人が怖い自分が、全部、同時に存在している感じがします。

整理もついていないし、答えもない。

たぶんこれも、途中の考えでしかありません。

ただ、「個性」とか「強さ」とか「同調」とかっていう言葉が、思ってたよりも、ずっと重くて、ずっと曖昧で、ずっと自分に絡みついているんだなってことだけは、最近、よく感じています。

まだ、よく分からないですけど…

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

目次