#15 意味を探さないと、生きちゃいけない気がしてる【自分探しログ】

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最近ずっと考えてることがあって、「意味」ってなんなんだろうな、って。

自分の人生に起こることには、全部意味があるって、多分僕は信じてるんだと思います。

というか、信じたいというより、信じないと怖いんです。

昔は、意味なんて見えない出来事もたくさんあったし、「これ何のためなんだろう」って思うことも普通にありました。

でも今は、なるべく「全部に意味がある」と思える選択をしようとしてる気がします。

「無駄な時間を生きたくない」って感覚がすごく強くて。

失敗はいいんだけど、無意味なのは嫌、みたいな。

失敗は成長に変換できるけど、何も生まれない時間は、どう扱えばいいのか分からない。

だから多分、僕は人生を「なるべく綺麗に形作りたい」って思っています。

物語みたいに、一貫してて、説明できて、意味が繋がってる人生。

失敗も含めて、全部回収できる人生。

こうやって言葉にすると、ちょっと不自然だなって思います。

人生って、本来そんなに整ってない気もするし、もっと雑で、曖昧で、無意味な時間もあっていいはずなのに、僕はそこを許せてない感じがする。

「意味を探している状態」は、生きてていい。

でも、「意味を探そうともしない状態」は、生きるに値しない。

そんな感覚を、どこかで持ってしまっています。

口に出すと、結構きつい考え方だなって思うけど、正直、心のどこかにそれがあるのは否定できなくて。

たぶん僕は、意味そのものよりも、「向かっている状態」に執着してるんだと思います。

何かに向かってる自分。

探してる自分。

成長しようとしてる自分。

変わろうとしてる自分。

そういう自分じゃないと、存在していい気がしないというか。

逆に言えば、立ち止まってる自分とか、何も探してない自分とか、意味を生産してない自分に、居場所を与えられてない。

それが、たぶん苦しさなんだと思います。

「意味を与え続けなければならない人生」

この言葉は、文字にすると変だなって思うけど、たぶん今の僕は、そういう生き方をしている。

無理やり意味を探して、無理やり成長に変換して、無理やり物語にして。

それが安心でもあるけど、同時にすごく窮屈で、ちょっと息苦しい。

じゃあ意味がなくてもいいのか、って言われたら、それも正直、まだ怖いんです。

意味がなくていい、向かわなくていい、探さなくていい、何も生まれなくていい、

こんな世界に立ったとき、自分がどう存在すればいいのか分かりません。

たぶん僕は、「意味」じゃなくて、存在の根拠を探してるんだと思います。

「意味があるから生きていい」じゃなくて、「生きてること自体が許される感覚が欲しい」みたいな。

でも今はまだ、それを信じきることができない。

だから今日も、意味を探してるし、意味のある選択をしようとしてるし、意味のある人生を作ろうとしてる。

それが正しいのかどうかも分からないし、自然なのかどうかも分かりません。

ただ、最近思うのは、この生き方が「正しい」かどうかより、「苦しい」って感覚の方が、なんか正直だなってことです。

たぶん今は、壊したいわけでもなくて、手放したいわけでもなくて。

でも、「この前提に違和感が出てきてるだけ」なんだと思います。

意味を信じたい自分と、意味に縛られてる自分が、同時にいる感じ。

答えは出ないし、出さなくていい気もします。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

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この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

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