#18 お金を求めてるのに、避けてきた話【自分探しログ】

当ページのリンクには広告が含まれています。

今日、またお金のことを考えていました。

なんでこんなにお金の話をするのが苦しいんだろうなって、ぼんやり思いながら。

学生の頃のことを思い出すと、自分は全然自立できていなかったなって感じます。

お金もなかったし、自分ひとりで生きていける力もなかった。

だから、誰かの意見に従うしかなかったんだと思います。

もし逆らったら、生きていける場所そのものを失うかもしれない、みたいな感覚があって。

今思うと、ちょっと大げさかもしれないですけど、当時は本気でそう感じていました。

だからなのか、お金って「自由」にすごく近いものだなって思うんです。

自由に選べることとか、自由に決められることとか。

そういうものに直結している気がして。

お金は便利な道具だなって、今は素直に思います。

でも、不思議なんですけど、ずっとお金は悪いものだって思ってきた気もするんですよね。

お金の話をするのは下品だとか、大きく稼ぐのはよくないとか、楽して稼ぐなんて絶対ダメだとか。

「苦しまなきゃいけない」

「汗水を垂らさなきゃいけない」

「そうしないと生きる資格がない」

みたいな感覚がどこかにあって。

投資とか、商売とか、そういうものも、ずっと怖いものだと思ってました。

なんとなく詐欺っぽいというか、ちゃんと働いていない感じがするというか。

今思えば、ちゃんと知りもしないのに、イメージだけで拒否していた気がします。

好きなことで稼ぐのも、どこか悪いことのように感じていました。

やりたくないことを我慢して、苦しい思いをして、それでやっとお金をもらえる、みたいな感覚。

それが「正しい」って、どこかで思い込んでいたんだと思います。

でも最近は、お金のことを知るのが普通に楽しいんですよね。

仕組みを知るのも面白いし、自分でコントロールしたいなって気持ちもあります。

ただ、それと同時に、まだどこかで

「お金は卑しいもの」

「お金が好きだなんて思っちゃいけない」

みたいな感覚も残っていて。

稼ぎたいと思うのに、稼いじゃいけない気がする。

楽になりたいと思うのに、苦しまなきゃいけない気がする。

その二つが同時に存在している感じがあって、自分の中でずっと矛盾しているなって思います。

お金の話をするだけで、ちょっと緊張するのも不思議です。

何がそんなに怖いんだろうって。

多分、自分だけじゃなくて、周りの空気もそうだったんだろうなって思います。

だから、「お金の話はしないもの」って自然に思うようになったのかもしれません。

お金はただの道具のはずなのに、そこに意味とか、善悪とか、罪悪感とか、いろんなものがくっついている感じがします。

今すぐこの感覚が変わるとは思わないです。

長い時間をかけて刷り込まれたものなので、簡単には取れない気もします。

でも、お金が好きな自分を、あんまり否定しなくてもいいのかな、とは思い始めています。

お金と向き合いたいって思う自分も、自由になりたいって思う自分も、別に悪いものじゃないのかもしれないなって。

楽して稼ぐことが簡単じゃないのは分かってるし、今楽に見える人も、きっと別のところでリスクを取ってるんだろうなとも思います。

そこに一瞬で行けるわけじゃないのも分かってます。

それでも、目指してもいいのかもしれないなって、最近は少しだけ思えるようになってきました。

まだ自分の中で、どこまでが自分の言葉で、どこまでが誰かの価値観なのか、正直よく分かっていません。

ただ、お金の話をすることが苦しいっていう感覚自体が、何かを抱えているサインなんだろうなとは思います。

答えは出ていないですし、多分、まだしばらくはこのまま考え続けるんだと思います。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

目次