今日、またお金のことを考えていました。
なんでこんなにお金の話をするのが苦しいんだろうなって、ぼんやり思いながら。
学生の頃のことを思い出すと、自分は全然自立できていなかったなって感じます。
お金もなかったし、自分ひとりで生きていける力もなかった。
だから、誰かの意見に従うしかなかったんだと思います。
もし逆らったら、生きていける場所そのものを失うかもしれない、みたいな感覚があって。
今思うと、ちょっと大げさかもしれないですけど、当時は本気でそう感じていました。
だからなのか、お金って「自由」にすごく近いものだなって思うんです。
自由に選べることとか、自由に決められることとか。
そういうものに直結している気がして。
お金は便利な道具だなって、今は素直に思います。
でも、不思議なんですけど、ずっとお金は悪いものだって思ってきた気もするんですよね。
お金の話をするのは下品だとか、大きく稼ぐのはよくないとか、楽して稼ぐなんて絶対ダメだとか。
「苦しまなきゃいけない」
「汗水を垂らさなきゃいけない」
「そうしないと生きる資格がない」
みたいな感覚がどこかにあって。
投資とか、商売とか、そういうものも、ずっと怖いものだと思ってました。
なんとなく詐欺っぽいというか、ちゃんと働いていない感じがするというか。
今思えば、ちゃんと知りもしないのに、イメージだけで拒否していた気がします。
好きなことで稼ぐのも、どこか悪いことのように感じていました。
やりたくないことを我慢して、苦しい思いをして、それでやっとお金をもらえる、みたいな感覚。
それが「正しい」って、どこかで思い込んでいたんだと思います。
でも最近は、お金のことを知るのが普通に楽しいんですよね。
仕組みを知るのも面白いし、自分でコントロールしたいなって気持ちもあります。
ただ、それと同時に、まだどこかで
「お金は卑しいもの」
「お金が好きだなんて思っちゃいけない」
みたいな感覚も残っていて。
稼ぎたいと思うのに、稼いじゃいけない気がする。
楽になりたいと思うのに、苦しまなきゃいけない気がする。
その二つが同時に存在している感じがあって、自分の中でずっと矛盾しているなって思います。
お金の話をするだけで、ちょっと緊張するのも不思議です。
何がそんなに怖いんだろうって。
多分、自分だけじゃなくて、周りの空気もそうだったんだろうなって思います。
だから、「お金の話はしないもの」って自然に思うようになったのかもしれません。
お金はただの道具のはずなのに、そこに意味とか、善悪とか、罪悪感とか、いろんなものがくっついている感じがします。
今すぐこの感覚が変わるとは思わないです。
長い時間をかけて刷り込まれたものなので、簡単には取れない気もします。
でも、お金が好きな自分を、あんまり否定しなくてもいいのかな、とは思い始めています。
お金と向き合いたいって思う自分も、自由になりたいって思う自分も、別に悪いものじゃないのかもしれないなって。
楽して稼ぐことが簡単じゃないのは分かってるし、今楽に見える人も、きっと別のところでリスクを取ってるんだろうなとも思います。
そこに一瞬で行けるわけじゃないのも分かってます。
それでも、目指してもいいのかもしれないなって、最近は少しだけ思えるようになってきました。
まだ自分の中で、どこまでが自分の言葉で、どこまでが誰かの価値観なのか、正直よく分かっていません。
ただ、お金の話をすることが苦しいっていう感覚自体が、何かを抱えているサインなんだろうなとは思います。
答えは出ていないですし、多分、まだしばらくはこのまま考え続けるんだと思います。
今日はこれでおしまいです。
ではまた。
