#24 「成功か、どん底か」しか見えてなかった話【自分探しログ】

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今日は、ずっと自分の中にあった考え方について、少し整理してみようと思います。

僕は昔から、0か100かでしか物事を考えられないタイプでした。

完璧か、ゼロか。

成功するか、全部捨てるか。

極端な方が、しっくり来るんですよね。

「普通」っていう状態が、どうしても苦手でした。

というか、怖かったんだと思います。

普通にいることが、悪いことのように感じていて、皆と同じになることが、個を失うことみたいに思えていて。

普通の中に入った瞬間に、自分じゃなくなるような感覚があったんです。

だから、上を目指すしかないと思っていました。

誰も届かないところまで行くか、それができないなら、いっそどん底まで落ちるか。

中間がなかったんですよね。

成功したら目立てるし、価値を感じられる。

失敗してどん底に落ちたとしても、少数派にはなれる。

どちらにしても「普通」じゃない。

多分、そこに安心していたんだと思います。

でも現実は、そんなに単純じゃなくて。

結果を出したい気持ちは強いのに、成果は全然追いつかない。

どん底に落ちてやろうと思うこともあるけど、正直怖いし、かといって、自分を完全に諦めることもできなくて。

普通の中に入るのは嫌だけど、極端にも振り切れない。

ずっとその中間で、足踏みしている感じでした。

最近になって、少しだけ考え方が変わった気がしています。

普通でいながら、自分の価値を作ることもできたんじゃないか、って。

普通に働きながら、その中でオリジナリティを作る、普通の生活の中で、特別感を積み重ねる、そういう選択肢もあったんじゃないかって思うようになりました。

それに気づいたとき、正直ちょっと心が軽くなりました。

今まで自由を求めていたはずなのに、「極端でなければ自由じゃない」って思い込んで、逆に自分を縛っていたのかもしれないなって。

僕は混ぜるのが苦手なんです。

バランスを取るのが苦手で、何かを同時にやると「中途半端」って感じてしまう。

一つのことに振り切っている方が安心するんですよね。

でも最近、中途半端とバランスは違うんだ、って思うようになって。

安定と自由は、必ずしも対立しないのかもしれない、って。

今でも正直、まだ極端な考え方は残っています。

普通が怖いし、埋もれる感じも嫌だし、目立たない自分を想像すると、不安になります。

でも一方で、極端であることに縛られていたのも事実で、「普通じゃない自分でいなきゃいけない」っていう別の檻の中にいたのかもしれないな、とも思います。

「自由って何なんだろう」って考えると、まだよく分かりません。

振り切ることなのか、混ぜることなのか、離れることなのか、守ることなのか。

安定の中にいたままでも、自分の輪郭を保つことはできるのかもしれないし、特別であろうとしなくても、自分でいられる感覚は作れるのかもしれない。

ただ、今の僕はまだその途中で、どこに向かっているのかも、正直よく分かっていません。

普通を受け入れたいわけでもないし、極端に戻りたいわけでもなくて、どちらでもない場所を探している感じがします。

まだ言葉にならないし、まだ形にもなっていないんですけど、少なくとも前みたいに、「成功か、どん底か」だけの世界ではなくなってきている気はしていて。

それが成長なのか、妥協なのか、それすら分からないままなんですけど、多分、僕は今、「自分であること」と「普通であること」が本当に両立しないのかどうか、そこを探っている途中なんだと思います。

まだ怖さもあるし、まだ極端な思考も残っているし、でも、前より少しだけ視界が広がった感じはあって。

この先どうなるかも分からないし、また極端に戻るかもしれない。

また同じところで悩むかもしれないんですけど、今はただ、「普通じゃない自分」にしがみつく生き方が、本当に自由だったのかどうか、それを考え続けています。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

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この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

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