最近、自分の中にある価値観について、少し引っかかることがありました。
なんとなくなんですけど、「苦しむことが正義だと思い込んでたんじゃないか」って、ふと思ったんです。
勉強は頑張らなきゃいけない。
仕事は汗水垂らさなきゃいけない。
頑張るっていうのは苦しいこと。
苦しいことを乗り越えてこそ一人前になる、みたいな感覚が、ずっと当たり前みたいに自分の中にあって。
苦しくないときの自分を見ると、「あ、自分、何かから逃げてるんじゃないか」とか、「楽してズルしてるんじゃないか」とか、そういう気持ちが出てきてしまうんですよね。
頑張ってない=ダメ、苦しんでない=甘えてるみたいな式が、どこかに刷り込まれていた気がして。
それで、苦しいことをしていると、なぜか安心するんです。
「あ、今の自分はちゃんと頑張ってる」って思えるから。
逆に、楽に物事が進んだり、効率よく終わったりすると、なぜか落ち着かなくなります。
ズルしてるんじゃないか、とか。
誠実じゃないんじゃないか、とか。
いつか罰が当たるんじゃないか、とか。
そんな感覚が、感情として出てくる。
最近はSNSとかで、「楽して生きてもいい」「無理しない生き方」みたいな考え方もたくさん見るようになって、頭では「そういう生き方もあるよな」って思えるんですけど、心のどこかでは、まだ信じ切れない自分がいます。
苦しんでない自分を見ると、「自分は何もしてないんじゃないか」「空っぽなんじゃないか」って思ってしまう。
でも一方で、苦しみを基準にして生きてきたから、何かを始めても続かないし、追い込みすぎて疲れてしまうし、潰れてしまう感じもあって。
苦しんでると安心するけど、苦しみ続けると壊れていく、みたいな。
最近は、「苦しまなくてもいいんじゃないか」「もっと自分を許してもいいんじゃないか」って思う瞬間も増えてきました。
でもそれと同時に、「それって逃げじゃないのか」「楽な方に流れてるだけじゃないのか」っていう声も、同じくらい強く出てきて。
楽だけに逃げたら、成果が出ないってことも、たぶん事実で。
でも、苦しみを求めすぎると、潰れてしまうのも事実で。
その間のバランスが、僕は多分、ずっと分からないまま生きてきたんだと思います。
苦しいと安心できる自分と、苦しみから離れたい自分が、同時に存在している感じで。
今はまだ、「どう生きるのが正しいのか」みたいな答えは全然出ていません。
ただ、「苦しみ=価値」「苦しみ=誠実」「苦しみ=正しさ」っていう考え方が、本当に自分のものなのかどうかだけは、少しだけ疑い始めているところです。
これが正しいのかどうかも分からないし、変えたほうがいいのかどうかも分からないし、そもそも変えられるものなのかも分かりません。
ただ最近は、楽をしている自分を見たときに出てくる、罪悪感とか、不安とか、怖さとかを、「ダメだ」と否定するんじゃなくて、「あ、今こう感じてるな」って、ただ眺めている感じです。
それが何につながるのかは、まだ分かりませんが、苦しみで自分の価値を測り続ける生き方と、それに違和感を覚えている自分が、同時にここにいる、ということだけは分かりました。
今日はこれでおしまいです。
ではまた。
