#30 世界を「管理できるサイズ」まで小さくしたい【自分探しログ】

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最近、自分の中に「削ぎたい」という気持ちがずっとある気がしています。

物も、人間関係も、考え方も、情報も。

減らしたいというより、「静かにしたい」という感覚に近いのかもしれません。

今、坊主にしようか迷っているのですが、それもその延長線上にある気がしています。

髪型の問題というより、たぶん象徴的な話で。

「何かを減らしたい」という感覚が、たまたま髪の毛に向いているだけ、みたいな。

最近、世界がずっと騒がしい感じがするんですよね。

音がうるさいという意味じゃなくて、情報とか、評価とか、比較とか、選択肢とか。

どこを見ても「もっと」「まだ足りない」「他人はこうしてる」みたいなメッセージが流れてきて、それを見てるだけで、頭の中がずっと動き続けている感じがします。

本当は何も考えずにいたいだけなのに、気づくとずっと何かを処理している感覚があって。

考えなくてもいいことまで考えている気がして、「空白」が欲しいな、と思うようになりました。

でもその「空白」って、何かを足すことで生まれるものじゃなくて、たぶん削ぐことでしか生まれない気がしているんですよね。

予定を減らすとか、人と会う頻度を下げるとか、情報を見る量を減らすとか、物を減らすとか。

全部、「世界を小さくしたい」という感覚に近いのかもしれません。

「楽になりたい」というより、「管理できるサイズにしたい」みたいな感覚です。

自分の中で処理できる範囲に、世界を縮めたいというか。

世界が悪いわけじゃなくて、自分のキャパシティの問題なんだろうな、と思います。

削ぐことで安心するのって、たぶん自由になりたいからじゃなくて、不安を減らしたいからなんですよね。

何も決めなくていい状態になりたい。

評価されない状態になりたい。

選ばなくていい状態になりたい。

それって、癒しというより、一時的に世界との接続を切りたい感覚に近いのかもしれません。

でも同時に、完全に切りたいわけでもなくて。

人の中で生きたいし、誰かに理解されたいし、深いところで認められたい気持ちも、ちゃんと残っています。

だからたぶん、消えたいわけじゃなくて、休みたいだけ。

存在をやめたいわけじゃなくて、存在の密度を下げたいだけ、みたいな。

「何者でもない時間」が欲しいだけなのかもしれません。

何者かでいなきゃいけない感じ、定義され続ける感じ、役割を持ち続ける感じに、少し疲れているだけなのかも、と思います。

削ぐ思想とか、シンプル化とか、空白への欲望って、全部つながっている気がしていて。

どれも、「楽になりたい」というより、「世界との距離を一度取りたい」という感覚に近い。

坊主にするかどうかも、本質的には髪型の話じゃなくて、「どこまで世界と接続していたいか」という話なのかもしれません。

削ぐことで安心するけど、削ぎすぎると孤独になる。

近づくと疲れるけど、離れすぎると寂しくなる。

たぶん、ずっとその間を行ったり来たりしているんだと思います。

今の僕は、少し世界が近すぎる気がしていて。

刺激が多すぎて、情報が多すぎて、比較が多すぎて、評価が多すぎて。

だから、少し距離を取りたいだけなのかもしれません。

坊主にするかどうかは分からないけど、たぶん本当に欲しいのは髪型じゃなくて、「余白」なんだと思います。

静かな時間。

何も定義されない時間。

何も期待されない時間。

何も判断しなくていい時間。

でも、そこにずっといたいわけでもなくて。

ただ、戻れる場所としての空白、みたいなものが欲しいのかもしれません。

削ぎたいけど、消えたいわけじゃない。

離れたいけど、孤独になりたいわけじゃない。

静かにしたいけど、無になりたいわけじゃない。

たぶん、自分の中で、「関わりたい」と「離れたい」が同時に存在していて、そのバランスが今ちょっと崩れているだけなんだと思います。

削ぐことで軽くなるのか、空白を作ることで落ち着くのか、それとも、ただ疲れているだけなのか。

正直、自分でもよく分かりません。

でも、こうやって考えていること自体が、もうすでに「考えすぎ」なのかもしれなくて。

本当は、何も考えずに、ただ静かにしていたいだけなのかもしれません。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

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この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

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