#36 稼げば幸せになるのか、まだ分からない【自分探しログ】

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最近、またお金のことで引っかかっています。

僕は、稼ぎたいと思っていて、これは正直な気持ちです。

生活に余裕があった方がいいと思うし、お金があることでできることも増える。

でも、「稼げればいい」という考え方に、どうしてもなれないんです。

例えば、誰かに商品を紹介してお金をもらう。

それ自体は、別に悪いことではないと思うし、本当に良いものなら、むしろ役に立つこともあると思います。

でも、いざ自分がやろうとすると、なぜか怖くなるんです。

自分が良い思いをしていいんだろうか、みたいな感覚が出てくる。

良い商品を紹介したいだけなら、ボランティアでやればいいんじゃないか、とか。

なんとなくですけど、僕は「お金を受け取る側」に回ることに、まだ慣れていない気がします。

今までほとんど稼いだ経験がないからかもしれません。

もしかしたら、昔、稼いでいる人をどこかで羨ましく思っていたのかもしれません。

あるいは、妬ましく思っていたのかも。

だから、もし自分がそっち側に行ったとき、今度は誰かにそう思われるんじゃないか、みたいな想像をしてしまうこともあります。

実際、ブログを書いたときも、レビュー記事を書いてみても、アフィリエイトリンクを貼るのを少し戸惑ったりしていました。

普通のリンクだけ貼ってみたり。

最近は少しずつ、その感覚も薄れてきている気はします。

でも、まだどこかで、お金に対してブレーキがかかっている感じはあるんですよね。

たぶん僕は、子どもの頃からお金の話をあまりしてこなかったのも関係しているんじゃないかって思います。

家で収入の話を聞いたこともほとんどありませんでした。

聞いてはいけないもの、みたいな感覚がどこかにあって。

お金の話をすること自体が、ちょっと良くないことのような。

その感覚は大学生の頃まで続いていて、仕事を選ぶときも、できるだけ「お金以外の理由」で選ぼうとしていました。

本当は、収入は多い方がいいはずなのに、お金で仕事を選ぶのは浅いことなんじゃないか、とか思ってしまって。

だから、自分の好きなこととか、やってみたいことを必死で探しました。

それ自体は、別に悪いことではなかったと思います。

ただ、僕には少し早かったのかもしれません。

探し始めてすぐ見つかるものでもなくて、結局、新卒で無職になってしまいました。

今思うと、お金があることって、心の余裕につながる部分もあると思います。

でも当時の僕は、それを自分に許していなかった気もするんですよね。

あともう一つ、最近気づいたことがあります。

僕はたぶん、「安定すること」を少し怖がっているのかもしれない、ということです。

もし、生活できるだけの給料をもらって、特に不自由もなく暮らせるようになったとき、僕はそこで止まってしまうんじゃないか、という想像をしてしまいます。

だって、そのままで特に困らないなら、わざわざ苦しいことをする理由もなくなる気がするからです。

今までいろいろ挑戦してきたのも、実際には、あまり稼げていなかったからだと思います。

現状が苦しかったから、そこから抜け出したくて、いろんなことを試してきた。

もし最初にやったことでうまくいっていたら、それだけを続けていたかもしれません。

それは別に悪いことではない気もしますが。

でも、なんとなく、それだと自分が止まってしまう気もしてしまうんですよね。

実際、僕は一度、かなり燃え尽きたことがあります。

いろんなことに挑戦して、疲れてしまって。

そのときに、「足るを知る」という言葉を知りました。

あのときは、その言葉にすごく救われた気がします。

もうこれ以上無理をしなくてもいいんじゃないか、と思えたからです。

でも今は、その言葉を少し違う目で見てしまうこともあります。

もしかしたら、挑戦しない言い訳に使ってしまうこともあるんじゃないかって。

僕はどうやら、ただ稼ぐことよりも、「意味があるかどうか」を気にするタイプみたいです。

例えば、AIを使ってコンテンツを大量に作って稼ぐこともできると思います。

実際にやっている人もいますよね。

でも、もしそれで稼げたとして、僕はそこにどんな意味を感じるんだろう、みたいなことを考えてしまうんです。

できれば、1%だけ関わるんじゃなくて、90%くらいは自分の手で作ったと言えるものにしたい。

自分の思考が入っていて、自分のアイデアが形になっているもの。

そういうものを作れたら、それは自分の分身みたいなものになる気がするから。

逆に、誰かの情報をそのまま使って、AIで量産するだけのものには、どうしても価値を感じにくいです。

「そこに思考があるのかどうか」。

たぶん僕は、その部分をすごく気にしているんだと思います。

もしかしたら、誰かに自分の人生の話をしたときに、少しは尊敬してもらいたい、みたいな気持ちもあるのかもしれません。

努力して、自分の頭で考えて、何かを作ってきた人生だったとしたら、それは少し誇れるものになる気がして。

でも同時に、安心して暮らしたい気持ちもあります。

ずっと挑戦し続ける人生がいいのか、それとも、どこかで満足して穏やかに生きる人生がいいのか。

そのあたりは、まだよく分かっていません。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

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この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

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