#44 欲求と安全の間で、ずっと止まっている感覚【自分探しログ】

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今日は、なんとなく自分のお金の感覚とか、安全の感覚について考えていました。

最近、よく「宝くじに当たったら何するんだろう」とか、そんなことを考えるんですけど、実際に想像してみると、意外とワクワクする感じでもなくて。

5000万、1億、5億、10億って数字を並べてみても、何か派手なことをしたいとか、豪華な生活をしたいとか、そういうイメージがあまり浮かばないんですよね。

多分なんですけど、僕にとってお金って、「何かをするための道具」っていうよりも、「安心するための装置」みたいな位置づけになっている気がします。

減らないことが大事というより、減っても戻せる状態であることが大事、みたいな感覚です。

突発的な出費があっても、それが資産額にほとんど影響しないなら別に怖くないし、影響したとしても、確実に回復できるって分かっていれば、あまり問題にならない。

だから多分、怖いのは「出費」じゃなくて、「回復できない状態」なんだと思います。

今はお金への欲求がかなり強いので、仕事も普通に続けられていて、特に苦じゃないです。

運よく噛み合ってる、っていう感覚に近いかもしれません。

でも、もしこれが身体的にキツすぎたり、精神的な負担が大きすぎたりしたら、たとえ稼げたとしても、多分続けられない気がします。

そもそも、僕は「やりたくない」と思うことが本当にできないタイプなんですよね。

嫌なことに時間を使うのがすごく嫌で、明確な目標とか、強い動機がないと、すぐにやめてしまいそうな感じがあります。

今はたまたま「お金を増やしたい」という欲求がエンジンになっているから動けているけど、それがなくなったらどうなるんだろうな、とも思います。

「お金がたくさんあったら自由になれる」ってよく言われますけど、僕の場合は、自由というより「制御できている感じ」が大事なのかもしれません。

予測できること、管理できること、回復できること。

その範囲の中に世界が収まっていると安心できる、みたいな感覚です。

世界を旅したいって気持ちはあるんですけど、「じゃあ大金があったらすぐ行くか?」って聞かれると、正直よく分からないんですよね。

多分、旅そのものよりも、「資産構造が安定している状態」の方が優先されている気がします。

「減らない資産」というより、「減っても壊れない構造」というか。

取り崩しても再生できるとか、戻せるとか、そういう状態。

お金っていうより、システムなんだと思います。

数字というより、構造みたいな。

最近は、欲しいものがないわけじゃないのに、欲求が最後まで立ち上がらない感じもあって。

「面白そう」で止まるんですよね。

やりたいけど、踏み出さない。

興味はあるけど、動かない。

抑えているというより、最初からブレーキがかかっている感じに近いです。

これが自分にとって良い状態なのかどうかも、正直よく分かりません。

安全なのか、不自由なのか。

合理的なのか、ただ怖がっているだけなのか。

多分、僕は「お金が欲しい」というより、「安心できる構造」が欲しいんだと思います。

でも、それがどこまでいけば満たされるのかも分からないし、満たされたら何がしたくなるのかも、正直よく分かりません。

働き続けたいのか、辞めたいのか、旅に出たいのか、今の生活を続けたいのか、使いたいのか、使いたくないのか。

全部ある気もするし、全部違う気もします。

結局、僕はお金の話をしているようで、多分ずっと「安心って何なんだろう」とか、「安全ってどこからどこまでなんだろう」とか、そんなことを考えているだけなのかもしれません。

まだ自分でもよく分かっていなくて、多分、しばらくこのまま考え続けるんだと思います。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

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この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

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