#8 成果を求める自分を、どうしても嫌いになれない【自分探しログ】

当ページのリンクには広告が含まれています。

今日は、「成果を求める自分」について話してみたいと思います。

正直に言うと、僕はずっと「成果主義」みたいな考え方が、好きじゃありませんでした。

結果だけで人を判断するとか、数字が出ていない人を何もしていないと見る感じ。

でも、自分も気づいたら同じことをしているなと思いました。

再生数、収益、資産額。

これが増えていないと、自分の一日が全部無意味だったように感じてしまう。

この感覚を本当は手放したいです。

「考えていた時間も意味がある」

「もがいている期間も必要だ」

頭ではわかっているつもりです。

でも、心は全然納得していない。

多分僕は、成果を求める自分を「浅い」とか「弱い」とか、そう思いたくないんだと思います。

それを認めたら、今までの選択が全部不安定に見えてしまうから。

自由を選んだ。

安定を捨てた。

自分の人生を生きている。

そう言いたい反面、結果が出ていない自由はやっぱり怖いです。

だから成果を求めてしまう。

誰かに認められる数字があれば、「間違ってなかった」と自分に言える気がする。

これは、承認欲求なのかもしれません。

承認欲求って、どこか悪者扱いされがちですよね。

「人に認められなくてもいい」

「自分軸で生きろ」

みたいな言葉もたくさん見てきました。

でも、今の僕は、まだそこまで強くなれない。

成果を求める自分を完全に否定してしまったら、今度は何を信じればいいのか、わからなくなりそうです。

だから、嫌いだけど手放せない。

もしかしたら、「成果を求める自分」は、敵じゃないのかもしれません。

ただ不安を抱えたまま、必死に前に進もうとしているだけ。

そう考えると、少しだけ見方が変わる気もしています。

この感覚が、いつか変わるのかどうかはまだわかりません。

ある日突然、「もう数字はいらない」と思える日が来るかもしれないし、来ないかもしれない。

今はただ、成果を求める自分を無理に直そうとせずに、そういう自分もいるという状態で、置いておこうと思っています。

今日も結論はありません。

成果を求める自分が正しいのか、間違っているのかもまだわかりません。

ただ、嫌いになりきれない自分と一緒に、今日も生きようと思っています。

今日はこれでおしまいです。

ではまた。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

2001年生まれ。
「自分の幸せ」を追求しています。
日々の気づきや思ったこと、シェアしたいこと、とにかく書きたいことを書く雑記ブログです。

ワンピース、進撃の巨人、トリコ好き。

目次